ぼくりりの引退理由を心理学的視点で考えてみた。

ぼくりり引退発表

2018年9月21日「NEWS ZERO」の中でぼくのりりっくのぼうよみから重大発表があると知らせがあった。

ぼくりりファンの中では様々な憶測が飛び交っていた。

改名?

新しいビジネスはじめるとか?

ぼくりりのSNSの更新が数ヶ月間途絶えていた事から嫌な2文字が頭をよぎるファンも多かった。

引退の2文字だ。

人間こうゆう時の悪い予感というのはイヤという程よく当たる。

改名?新しいビジネス?というファンの僅かな希望を見事に裏切り、番組内で引退を発表した。

ぼくりり奇抜なファッションで無言の意思表示

ぼくりりは「天才をやめる」と言って番組に姿を現した。

驚いたのは彼の風貌の変化だ。

髪のサイドを金髪に染め、服装はパリコレモデルかというくらい奇抜な銀色のセットアップ。

ぼくりりファンなら昔と雰囲気変わったなと一瞬で思っただろう。

世間が抱く「天才」のイメージとも、遠く掛け離れた風貌であった。

そんな彼を見た時に、僕はあるシグナルを感じた。

「これが本当の僕だ」と言わんばかりの無言の意思表示だ。

ぼくりりの引退理由

ぼくりりは番組内で3年間続けてきた音楽活動を2019年1月に辞めると発表した。

一体なぜ引退を決意したのだろうか。

僕は自由になりたいです。文学的だとか天才だとか哲学的な歌詞が素敵だみたいなことを言っていただいて、出来上がった他の人たちの中にある偶像に自分が支配されてしまう。それにすごく耐えられない。

これがぼくりりが口にした引退理由である。

認知的不協和がぼくりりを苦しめた

彼は世間が抱くぼくりりのイメージに違和感があったのだ。

これは心理学でいう「認知的不協和」という状態である。

「認知的不協和」とは、人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またその時に覚える不快感のことだ。

ぼくりりが抱えていた矛盾した2つの認知を簡単に説明するとこうだ。

認知1:天才

認知2:凡人

「天才」は世間が作り出したぼくりりのイメージ。偶像であり、「凡人」は自分は普通の人と別になんら変わりはないという本当の自分。

「天才」と「凡人」は真逆の存在であり、矛盾が生じる。

この矛盾こそがぼくりりを苦しめていた原因である。

この矛盾を解消する方法は2つ。

世間が自分を「天才」と呼ぶのだから、「凡人」ではなく、「天才」なんだと「凡人」という認知を否定し、「天才」という認知を正当化する方法。

または、「天才」という認知を否定し、「凡人」という認知を正当化する方法だ。

彼はアーティストという立場上「凡人」ではなく「天才」を演じてきた。

「天才」を演じるということは本当の自分の姿を押し殺すという事と同等だ。

彼はなぜ「天才」を演じなければいけなかったのだろうか。

「天才」という錯覚資産を手に入れてしまったぼくりり

これは最近話題の「勘違いさせる力」が大いに関係していると思う。

「勘違いさせる力」は「錯覚資産」とも呼ばれている。

「錯覚資産」とは「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」は、一種の資産として機能するということだ。

例えば、東大出身という学歴を持った男性がいるとしよう。

あなたはこの男性にどんなイメージを抱くだろうか?

東大出身

高学歴

頭良い

仕事ができる

高給取り

将来安定

人それぞれだとは思うが、上記のサイクルに近いものをイメージした人は多いのではないだろうか。

東大出身と聞くだけで、人はここまで勝手に想像して人物像を描くことができる。現実はどうかわからないのに。

この「勘違いさせる力」こそが「錯覚資産」である。

これをぼくりりに当てはめてみよう。

先程の例えの「東大出身」の部分がぼくりりの場合は「天才」なのだ。

彼は「天才」とい最上級の「錯覚資産」を手に入れてしまっていたのだ。

彼は才能はあるが、自称「天才」だったわけではない。

自分で自分の事を「天才」だと評価したことはないだろう。

全部メディアのせいだ。

メディアが彼を「天才」に仕立て上げたのだ。

メディアの影響力が絶大だ。

人々はメディアが「天才」と言うなら「ぼくのりりっくのぼうよみ」は「天才」なんだと洗脳されていく。

自分の目で見て判断しなくなっていく。

この連鎖が大きくなり、「ぼくのりりっくのぼうよみ」は「天才」という偶像が生まれてしまった。

この偶像に彼は悩まされ続けていた。

しかし、この偶像はある意味ファンの期待でもあった。

「天才的で文学的な歌詞、音楽を聞きたい」

彼は3年間期待に応え続けてきた。

どの楽曲でも、我々が言葉にできないリアルな感情を鋭い視点で切り取り、巧みな言葉で表現してくれた。

僕自身も本当に天才的だと思った。

「天才」が思いもよらぬ所に及んでしまった

正直、「天才的で文学的な歌詞、音楽を聞きたい」という期待に応えるだけでいいのならお手の物だったと思う。

「天才」という錯覚資産は思いもよらぬ所にまで及んでしまったのではないだろうか。

それは私生活だ。

彼は「天才」と呼ばれてはいるものの、20歳そこそこの青春真っ盛りの大学生である事を忘れてはいけない。

「天才」なのに◯◯なの?

「天才」なのに◯◯もできないの?

なんて言葉が彼を取り巻くようになっていたのではないだろうか?

もちろん、言った側は冗談で言っているかもしれないが、言われる側は正直しんどい。

そこで彼は「天才」をやめる決断をしたのだろう。

本当の自分の姿を取り戻すために。

若くして「天才」と言われたかった

彼が望んだ物ではないかもしれないが「天才」の称号を手にした事は立派だ。

ここからはかなり個人的な話になってしまうが、僕は仕事帰りに小さなライブハウスに足を運んで音楽を聴く事が好きだった。

あるライブで20歳になったばかりの男の子のMCが印象的だった。

「若くして天才って言われたかったよ!!」

少年から青年になって間もないミュージシャンの言葉に度肝を抜かれた。

自分も全く同じ事を思っていたからだ。

アラサーと呼ばれるようになった今でも思う。

しかし、ぼくりりは若くして「天才」と言われることの怖さを教えてくれた。

錯覚資産の恐ろしさも教えてくれた。

「NEWS ZERO」に出演した時の奇抜なファッションから時にはレジスタンス(抵抗)する事の大切さを教えてくれた。

彼は「天才」をやめる決断をした。

元はと言えば我々ファンが作り出してしまった「偶像」である。

彼が本当の自分を取り戻すために,自由を取り戻せるようにそっと見守っていてあげよう。

ぼくりり《リリース情報》

ラストオリジナルアルバム「没落」&ベストアルバム「人間」の2作同時リリースが決定。

ラストオリジナルアルバム「没落」には先行配信シングル「輪廻転生」、「僕はもういない」が収録される。

12月12日(水)発売予定。

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2018.10.02

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